先月末に最新作のセカダン2が発売された世界樹の迷宮シリーズ。
大好きなゲームだが色々と思うところもあり、この機に改めて振り返ってみる。

2007:世界樹の迷宮
2008:世界樹の迷宮2 諸王の聖杯
2010:世界樹の迷宮3 星海の来訪者
2012:世界樹の迷宮4 伝承の巨神
2013:新・世界樹の迷宮 ミレニアムの少女
2014:新・世界樹の迷宮2 ファフニールの騎士
2015:世界樹と不思議のダンジョン
2016:世界樹の迷宮5 長き神話の果て
2017:世界樹と不思議のダンジョン2

世界樹の迷宮シリーズは、新作が出る度に文句が言われてきた。
今でこそ傑作扱いされている3や4も、当時は散々な言われようだったもので。
それでも今にして思えば、3DS全盛期だった2012年頃が一番幸せだった。

シリーズが転機を迎えたのは、ストーリーモードを搭載した新世界樹1。新しい客層を狙ったのは分かるが、シリーズのコンセプトを否定しているとして、旧来のファンの反発を招いた。
2013年は当時アトラスの母体だったインデックスが倒産し、新世界樹1が遺作かと囁かれていた時期でもある。あの頃の空気は本当に重かった……。

それからセガに拾われてアトラスが復活したのは良かったが、賛否両論だった新世界樹シリーズを続けて出したのは火に油だった。クラシックモードに限定しても新世界樹2自体は良作だし、5と発売順が逆だったらと惜しく思う。
初のコラボ物のセカダンは当初盛り上がったものの、蓋を開けてみればお世辞にも良作と呼べるものではなく。コラボなのにお互いの良さを殺し合っているのが残念。

待望されていたナンバリング新作の5は、原点回帰を謳って薄味だったり、食材関連が練り込み不足だったりと、やや物足りない出来。期待値が上がり過ぎたのかもしれない。
これが初代なら文句はないが、シリーズ七作目でこれかという感想はある。UIや舞台や魔物を一新するなら、根本的なゲーム部分も変えてほしかった。


そうして足踏みしている間にSwitchが発売され、3DSの後継機がどうなるかは未だ不明。
二画面とタッチペン前提のゲーム設計なので、そのままSwitchには移行できない。
世界樹5発売後に「次の作品を作っていない」との発表も追い打ちだった。

実際はシリーズ十周年作品としてセカダン2が発売されたのだけど。
前作がちょっと厳しかったので、自分はまだ様子を見ているところ。

そんな中で、昨日ファミ通のインタビュー記事が公開された。
>もうひとつの集大成とも言えるような、“お祭り”的な作品をお届けしたい。
>そのような思いに至りまして、現在、新作の開発を進めているところです。
>これが、ニンテンドー3DSで下画面に地図を書く、最後のシリーズ作品になります。

「お祭り的な作品」とは、それこそセカダンのことだと思っていたが。
書き口とタイミングからしてナンバリング新作ではないだろうし、地図を書くならコラボや外伝とは違うはず。「もうひとつの集大成」から考えて新世界樹3と予想している。

何はともあれ、また3DSで地図を書く新作が出ることは喜ばしい。
それが最後になることも、ハードの世代交代を考えれば妥当。
むしろ明言してくれてすっきりした。

あとはSwitchで世界樹シリーズを続けてくれたら本望だが、このあたりはもうアトラスの判断になってしまうので、祈るしかないところ。
個人的にはマッピングを捨ててでもシリーズを続けてほしいし、初代からのマンネリを脱却するチャンスでもあると思っている。
シリーズの存続が無理なら、せめてキャラメイクできるRPGを出してくれたら嬉しい。

お盆が明けたら8月が半分終わっていた。早いなんてものではない。
そりゃ夏休みの宿題が夏休みの間に終わるわけがない、と改めて思う。


最近はすっかり家庭用ゲームが重く感じられてならない。
やり込み要素どころか、エンディングまでたどり着くのがやっと。
プレイ時間のかかるゲームが増えたからと思っていたが、小粒のDLソフトですら重く感じるのは、クリアすることに執着しすぎているのか。

よく言い訳に使うのは時間だが、体感的には飽きが早くなったように思える。
年を取るごとに目新しさがなくなるのは当然だが、少々寂しいところ。
もちろん、中にはゼルダBotWのような大当たりもあるのだけど。

一方で、「日常生活」「習慣」のカテゴリに入っているスマホゲーは、気軽に遊べて良い。

2013年から遊んでいるチェンクロは、ついに4年目に突入した。
常に熱心に遊んでいるわけではないが、それでも家庭用ゲームで4年も遊び続けたものがあったかというと、思い当たらない。
配信から半年が経つFEHも、アプデのたびに遊びやすくなるのが嬉しい。

パズドラブームの頃は、まだスマホゲーを下に見ていた記憶があるが、それも昔の話。
スマホゲーが家庭用ゲームに比べて質に劣るとは思わなくなった。


しかし見方が変わっても、相変わらずスマホゲーに課金する気にはなれない。
Switchとゼルダとイカは即決で買うし、DLソフトやDLCにも抵抗のない人間なので、ゲームやデータにお金を云々という理由ではない。
自分でも何が心理的ハードルになっているか気になったので、一つずつ考えてみた。

1.確実にリターンが得られるとは限らない
いきなり本命の理由。課金に見合ったリターンが確約されていないのが怖い。
持ち物の枠上限を広げたり、確実に特定の何かが手に入ったりするなら、あまり抵抗がない。ポケモンGOにあっさり課金したのは、それがガチャではなかったからだと思う。
大量の石を買ってガチャに注ぎこむのは、もはや金持ちの道楽だと思う。
ちなみに福袋も同じ理由で買わない派。

2.環境が更新され続ける
買い切りとは違い、アップデートを繰り返すスマホゲーの宿命。
その時に一番強いキャラを手に入れても、後から簡単に手に入れられるようになったり、インフレで型落ちとなってしまうかもしれない。
ネトゲへの課金にも抵抗を覚える理由も、これと同じと思われる。

3.サービスが永続ではない
ゲームクリアではなく、サービス停止という明確な終わりがある。
サービスが停止されてしまえば、そのゲームはどうやっても遊ぶことができなくなる。
とはいえ家庭用ゲームも、オンラインサービスが打ち切られたら遊べなくなるソフトは多いし、今やスマホゲーやネトゲに限った話ではないか。

4.ある程度は無料で遊べる
実はこれが一番大きいのではないかと考えている。
スマホゲーは無課金プレイでも、家庭用ゲームの体験版とは比較にならない範囲を自由に遊べるし、課金アイテムである石がゲーム内で配布される。
あれも冷静に換算したらものすごい金額になるわけで、逆に課金を抑制している。もし石が一切配布されなければ、課金していたかもしれない……と逆転の発想。
基本無料アイテム課金形式の方が、お金を出す人が多いのは分かるんだけども。

SwitchのゲームはSwitchがなければ一切遊ぶことはできないし、ゼルダやイカはソフトを買わなければ一切遊ぶことはできない。
ここでSwitchやゼルダを買うのは、0を1にする買い物なので、欲しいと思ったら躊躇はない。

一方で無課金でも遊べるゲームにお金をつぎ込むのは、1を10や100にする買い物。
こういう買い物全般に対して、僕はお金を出し渋る傾向にあるらしい。
遊びを便利にするDLCやプロコンに対して、値段相応の価値を感じていたとしても、最初にソフトを買う時よりは心理的ハードルが高くなってくる。なくても遊べるから、と。
これはゲームに限った話ではなく、日用品や家電にも同じことが言える。

それにしても。基本的に財布の紐は固い方だと自覚していたが、それは「1を10にする買い物」に限った話なのかもしれない。
この先もガチャやギャンブルに入れ込んで破産することはないと思うが、「0を1にする買い物」においては、即決して失敗することも少なくない。反省。

まだまだ曇ったり天気が怪しい日もあるが、とりあえずは梅雨が明けた。
梅雨が明けたという事実だけで、随分と気分も楽になるから不思議だ。


[近況]

先週後半は少々ストレスのかかる日が続いた。
気の弱い性格を自己愛と自信家の盾で守っているので、そこにヒビが入ると脆い。
まだまだ自分のペースは簡単に崩れることが分かったので、補強しなければ。

人を見ているときは冷静に俯瞰できるのに、いざ自分のこととなるとダメな話とか。
昔から同年代の人間を苦手とする理由がようやく分かってきた話とか。
自分を複数のフィールドに分割して置くことで総崩れを避ける話とか。

いくつか書きたい話は出てきたが、どれも現時点で文章がまとまっていない。
そのうち書きあがったら、一つずつブログに上げていくつもり。


[Scrapboxの話]

5月に色々と試していたScrapboxだが、最近あまり管理できていない。
このブログの記事を置いたものと、自分用の創作設定集を作っていた。
前者は手間に見合うだけの価値が見いだせなかったので、もうやめる。
後者は保留しておくが、Scrapboxは画像を入れないと見た目が面白くない。

そして結局はEvernoteとの兼ね合いによる。
デジタル本棚やレシピ帳として使うのが良いらしいが、わざわざ分立するほどではないか。
あえてScrapboxでやるなら、ゲームリストはありかも。過去に遊んだゲームソフトを一つずつ入力して、「3DS」「未クリア」「パッケージ版」などのタグを付けて管理するとか。
暇な時間ができたら検討する、程度で。


[スプラトゥーン2の話]

正直なところ続編だし、1ほどのインパクトはないと思っていたが、侮っていた。
新モード「サーモンラン」の共闘が、めちゃくちゃ面白い。
敵のパターンと自分のブキがランダムに決まるところがポイントか。

ナワバリバトルは回線落ちが頻発して、土日はまともに遊べなかった。
しかし先ほど環境を有線に変えて解決。おかげで今はチョーシが良い。

ゼルダBotW以降はあまりゲームに触れていなかったが、今回のイカちゃんも熱中して遊べている。面白いゲームは変わらず面白いものだ、と嬉しくなる。

ちょっとした記憶の欠落をログで回復したので、その過程と反省について。



いよいよ今週末にSplatoon2が発売される。
前作はパッケージ版を買って、ディスクの入れ替えにストレスを感じることがあったので、今作はダウンロード版にするつもり。
DL版なら品切れになることがないので、発売直前にでもAmazonで買えば良い。

そう考えていたが、そもそも「既に注文した」ような記憶もある。
二重購入は困るからとAmazonの履歴を確認すると、イカの姿が見当たらない。
購入履歴が嘘をつくことはないから、自分の記憶が間違っている……?

こんな時は自分よりも自分の過去に詳しい、Evernoteの出番。

とりあえずクレジットカードの履歴を確認する。
5月に任天堂に6,458円を支払っており、これはSplatoon2の定価額と同じ。
そういえば「My Nintendo Storeにクレカを登録した」記憶がある。

しかし、わざわざ公式のストアで買ったのが解せない。
日頃の習慣や値段を考えても、Amazonで注文する方が話は早い。
何か追加特典があるのかとストアの商品一覧を見たが、特にそういったものもなさそう。

たった二ヶ月前に起こした行動を読み解けないのも情けない話だが、思い出せないものは仕方がない。納得のいかないところもあるが、既に購入していた事実の確認は取れたので、それで良しとした。


その数日後、任天堂から発送メールが届いた。
Splatoon2(ゲームカードフリー版)という表記が引っかかり、改めて記録を辿ることに。
メールに書かれた注文日(2017/05/18)の日記を読み返すと、ニンテンドーダイレクトの放送日だったらしく、放送を見た後にストアで注文したと書いてある。

「ダイレクト」と「カードフリー版」というキーワードが揃い、ようやく記憶が戻った。

カードフリー版とは、パッケージの中にDLコードが入った代物。遊ぶ分にはDL版にしたいが、物としてパッケージも欲しい需要に応えている。
ダイレクトの日に存在が明かされた、公式ストア限定商品だった。

カードフリー版を注文したことを、二ヶ月ですっかり忘れてしまったのは納得できる。
発表された直後に購入したから、せいぜい一時間程度で話が済んでしまった。
後から記憶や記録で補強されることもなく、日に日に印象が薄れていったと。


即断即決は、時間をかけて考える過程を踏んでいないので、記憶に残りにくい。
また一瞬のことなので、意識していないとログにも残らないことが多い。

今回はまだ日が浅かったので、複数のログからの推測と記憶で何とか解決した。
これがもっと昔に遡ると話は別で、そのものずばりのログが必要になってくる。
意思決定が早い時ほど、動機と結果をきちんと書き残すようにした方が良い。

人との勝負事が苦手だ。
趣味あるいは娯楽に位置するゲームにおいては、尚更である。

対戦ゲームで勝ち続けることは現実的ではない。
そのゲームに参加している大多数のプレイヤーは、勝ったり負けたりを繰り返す。

もちろん負けにも色々ある。
僅差で敵わなかった時と、ぼこぼこにされて終わった時では、受ける印象も違ってくる。
前者ならマシだが、後者が続くとゲームを手に取ったこと自体を後悔し始める。
負けることは面白くないし、負け続けると腹が立ってくるものだ。


初めて人と対戦したのは、ポケットモンスター青だったと思う。
四天王やチャンピオンを倒して、自分こそがポケモンマスターだと思っていたら、近所の子に勝負を仕掛けられた。
その子は兄からもらったというミュウツーLv100を従えていた。
こちらの手持ちはせいぜいLv50~60といったところだ。

幼いながらに何となく結果を察してはいたが、完敗だった。
まず先手を取れないのである。自慢のカメックスが、ダグトリオが、フリーザーが、キノコのほうしで眠らされ、まったく動けないのだ。
結局、ミュウツーのHPバーに傷一つ付けることはできなかった。

あまりにも力差があったからか、悔しさは感じなかった覚えがある。
そもそもミュウツーがキノコのほうしを使う時点で何かがおかしい。


次に64のスマブラが流行った。これは良い線いった。
近所の友達の中で、僕は同級生と1位の座を争っていた。
何度も彼のネスのニードルキックに叩き落とされた。勝率は五分五分といったところ。

ネスで思い出した。対戦の話とは関係ないが。
隠しキャラだったネスの出し方や、PKサンダーを自在に動かせること、サンダーを自分に当てると強烈な体当たりが発動することを、皆で試行錯誤しながら探し当てていったのは、代え難いゲーム体験だったと思う。
あの興奮は、子供の頃にしか味わえない類のものだった。


閑話休題。その後は一時的にゲームから遠ざかった。
この間にマリオカート64、カービィのエアライド、スマブラWiiなどを他所の家で遊ぶ機会はあったが、まともに勝てたものはない。
僕はこのあたりのゲームを持っていなかったから、操作方法やルールも分かっていなかった。
訳も分からずに負けるというのは、敗北パターンの中でも特にストレスが溜まる。
正直なところ、この時期のゲームを楽しんだ記憶が残っていない。


次に対戦ゲームに触れるのは、ポケモンの第四~第五世代あたり。
対戦用のポケモンを育てるところまでは進めたが、対戦勢にはならなかった。
準備の手間やネット対戦の心理的ハードルなど、参入の壁は大きかった。

それに、この頃には対戦ゲームが肌に合わないことを自覚していた。
ネット対戦を勝ち越せる見込みは少ない。負けが続いたら嫌になるだろう。
下手をすれば、ポケモン自体を嫌いになってしまう可能性もある。

勝負しなければ負けない、ではないが。この選択は正しかったと思う。


すっかり対戦ゲームと縁がなくなっていたが、WiiUの購入で状況が変わる。
マリオカート8とスプラトゥーンである。

スプラトゥーンは大好きなゲームの一つだ。
余所で触らせてもらった時、自分が塗ったインクの中を泳ぐのが楽しくて本体ごと買った。

しかしこのゲームも、ネット対戦で成り立っているゲームだ。
ウデマエで言うとB~B+の頃に、何をしても勝てない時期があった。
ナワバリバトルでも負けが続いたから、この時期はしんどかった。
それを乗り越えてからは、楽しいことの方が増えたように思う。

最終的には、目標に掲げていたウデマエSに到達した。
この結果には満足している。終わり良ければ全て良し。


逆に面白くなかったのがマリオカート8で、こちらはまるで勝てなかった。
かつてマリオカート64で勝てなかったのは、慣れていないからだと言い訳していた。
ところが、どうやら自分はレースゲームが苦手らしいと思い知る羽目になった。

ステージ背景やBGMは大好きなのだが、どうしても勝てない。
何とかコースから落ちないように走っていたら、甲羅が飛んでくる。
マリオカートが持つ楽しく華やかなイメージから、あまりにも遠い。

一人用モードで練習した時期もあったが、100ccの時点でCPUに勝てないのでやめた。



ついつい思い出話が長引いてしまったので、冒頭に戻る。

対戦ゲームは、相手が同じ人である以上、接待してくれない。
相手も本気で勝ちに来ているプレイヤーであり、自分の勝利は一切保証されない。

さて、僕はARMSを買って楽しめるだろうか。

買いたい理由
・そもそも新規IPであり、全員が初心者のゲームではある。
・ネット対戦が主体のスプラトゥーンも面白かった。
・製品版でじっくりやれば上達するかもしれない。
・ミェンミェンがかわいい。

尻込みする理由
・システムはスプラトゥーンと比べても、よりストイックに思える。
・体験会で試した「いいね持ち」を、まったく使いこなせなかった。
・一ヶ月後にスプラトゥーン2が発売されたらガチ勢しか残らなさそう。

最悪なのが、ネット対戦はおろか、CPUにも満足に勝てない状況。
そこまでセンスが欠けているとは思いたくないが、マリオカート8はあのザマだった。

ざっとこんな感じで、買うべきか悩む日々が続いている。
公式サイトのCMを眺めていると、素直に買う方が幸せになれそうだけども。