Evernoteを使い始める以前に残したログがある。
中学時代の日記であり、高校時代のブログであり、大学時代のツイート。
これらも自分史の一ページ。検索の網にかかるようにしたいので、暇がある時にはEvernoteに取り込むようにしている。

しかしこの作業、ものすごく進みが悪い。
物理的な手間と時間がかかる上に、中身が目に入るのが辛い。

過去の文章を読み返していると、あまりの稚拙さに目を覆いたくなる。
現在から乖離したログほど新鮮で面白いのは確かだし、当時の興味や感性を再発見することも多いが、それはそれとして触れるのに体力がいる。
暇とモチベーションが有り余っている時にしか進まない作業なので、全てのログを移行するのは現実的ではなさそう。


文章の賞味期限は、だいたい三年が限度だと感じる。

たとえば2010年から今まで続いているTwitterにしても、遡って2014年あたりのツイートはまだ読めるが、2013年以前となると恥ずかしくなってくる。
文体、言葉の選び方、テンションの差。何もかも別人が書いているように見える。

もちろん三年毎に区切りが生じるのではない。グラデーション状に変化していく中で、現在と離れるほど差異が広がっていって、それが一定ラインを超えるのが三年というイメージ。


三年という感覚は、結構前から持っていた。
この頃は2012年あたりのツイートまでは平然と読めた覚えがある。


高校時代にブログを書いていた頃は、十年続けるのだと息巻いていた。
実際は五年目にして閉鎖。Twitterの使い勝手が良すぎたこともあるが、閉じた直接の理由は、昔の文章が見るに堪えなかったから。

仮にTwitterが存在していなかったとしても、十年続けることは難しかったと思う。
十代にとっての五年はあまりにも長い時間で、環境も、趣味も、交友関係も、何もかもが変化していってしまう。そんな中で同じペースを維持できるかというと……。

しかし、賞味期限は徐々に伸びていくのではないかと思っている。
成長や変化が緩やかになり、三年が五年、五年が十年に。
それならば今こそ、今度こそ十年続くブログを書けるのかもしれない。


……と、ブログの話で締めようとしたが、途中で気づいた。
この賞味期限は、文章ではなく人格にかかっているのかもしれない。
三年前の文章に抵抗を覚えるのは、三年前の自分が他人に近いから。

だとすると、変化のスパンが長くなることを素直に受け止めて良いものか。
定着したと喜ぶべきなのか、停滞したと嘆くべきなのか。

2010年代における、僕のネット生活の拠点はTwitterだった。
まだ2018年と2019年が残ってはいるが、きっと変わりはない(願望込み)。

しかしもっと先を考えた時、2020年代にTwitterが存続しているかと考えると、少々怪しいところがある。人がいなくなるのが先か、サービスがなくなるのが先かは分からないが、いずれTwitterは消失する時が来る。
代替サービスが出てくることを切望しているが、それはそれとして。

今ここにあるブログを拠点として再構築しておきたいと考えている。
去年の10月にも心機一転と題して連々と書いているが、結局あまり活用できていない。



【このブログの歴史】

2006
当時持っていた日記ブログの別館として開設。趣味の話を書いていた。
ブログ名を現在の「九条河原の落書」に変更。
本館に書きにくいことやゲームのプレイ日記を置いていた。

2009
この頃からゲームのプレイ日記を書くブログに。MHの存在が大きい。

2010
Twitterを始める。本館を閉鎖。

2011
プレイ日記に加えて、創作物を置くようになる。

2014
創作物を九条河原の裏書に分離。
ゲームの話もTwitterで事足りるようになってくる。

2016
Evernoteの本格運用開始。
ゲームのプレイ記録をログとして私的に残すようになり、ブログに書くことがなくなる。
過去記事をEvernoteに保存して非公開に。今後の方針を定める。



こうして見るとTwitterとEvernoteがそれぞれブログへの打撃になっているのだなと。
もちろん実生活やネット社会の環境変化も、大いに影響している。

今後は2016年に立てた方針を、基本的には引き継いでいく。
あの時点ではまだTwitterとの二本柱として形を作ると考えていたが、今後は「外」の拠点はブログにする。そう言い切ってしまう。
ちなみに「内」の拠点は当然Evernoteで、ブログやTwitterのログを全て格納していくことは今後も変わらない。本土と前線基地のような関係。

ログを取るのはEvernoteで充分。わざわざ外の拠点を設ける意義としては……。
1.考えを長文にまとめる行為自体が自分との対話になる。
2.散発的な一言日記やツイートよりも、ログとしての価値が高くなる。
このあたりになるか。愛着のあるブログを活かしたいのが一番の理由かも。