お盆が明けたら8月が半分終わっていた。早いなんてものではない。
そりゃ夏休みの宿題が夏休みの間に終わるわけがない、と改めて思う。


最近はすっかり家庭用ゲームが重く感じられてならない。
やり込み要素どころか、エンディングまでたどり着くのがやっと。
プレイ時間のかかるゲームが増えたからと思っていたが、小粒のDLソフトですら重く感じるのは、クリアすることに執着しすぎているのか。

よく言い訳に使うのは時間だが、体感的には飽きが早くなったように思える。
年を取るごとに目新しさがなくなるのは当然だが、少々寂しいところ。
もちろん、中にはゼルダBotWのような大当たりもあるのだけど。

一方で、「日常生活」「習慣」のカテゴリに入っているスマホゲーは、気軽に遊べて良い。

2013年から遊んでいるチェンクロは、ついに4年目に突入した。
常に熱心に遊んでいるわけではないが、それでも家庭用ゲームで4年も遊び続けたものがあったかというと、思い当たらない。
配信から半年が経つFEHも、アプデのたびに遊びやすくなるのが嬉しい。

パズドラブームの頃は、まだスマホゲーを下に見ていた記憶があるが、それも昔の話。
スマホゲーが家庭用ゲームに比べて質に劣るとは思わなくなった。


しかし見方が変わっても、相変わらずスマホゲーに課金する気にはなれない。
Switchとゼルダとイカは即決で買うし、DLソフトやDLCにも抵抗のない人間なので、ゲームやデータにお金を云々という理由ではない。
自分でも何が心理的ハードルになっているか気になったので、一つずつ考えてみた。

1.確実にリターンが得られるとは限らない
いきなり本命の理由。課金に見合ったリターンが確約されていないのが怖い。
持ち物の枠上限を広げたり、確実に特定の何かが手に入ったりするなら、あまり抵抗がない。ポケモンGOにあっさり課金したのは、それがガチャではなかったからだと思う。
大量の石を買ってガチャに注ぎこむのは、もはや金持ちの道楽だと思う。
ちなみに福袋も同じ理由で買わない派。

2.環境が更新され続ける
買い切りとは違い、アップデートを繰り返すスマホゲーの宿命。
その時に一番強いキャラを手に入れても、後から簡単に手に入れられるようになったり、インフレで型落ちとなってしまうかもしれない。
ネトゲへの課金にも抵抗を覚える理由も、これと同じと思われる。

3.サービスが永続ではない
ゲームクリアではなく、サービス停止という明確な終わりがある。
サービスが停止されてしまえば、そのゲームはどうやっても遊ぶことができなくなる。
とはいえ家庭用ゲームも、オンラインサービスが打ち切られたら遊べなくなるソフトは多いし、今やスマホゲーやネトゲに限った話ではないか。

4.ある程度は無料で遊べる
実はこれが一番大きいのではないかと考えている。
スマホゲーは無課金プレイでも、家庭用ゲームの体験版とは比較にならない範囲を自由に遊べるし、課金アイテムである石がゲーム内で配布される。
あれも冷静に換算したらものすごい金額になるわけで、逆に課金を抑制している。もし石が一切配布されなければ、課金していたかもしれない……と逆転の発想。
基本無料アイテム課金形式の方が、お金を出す人が多いのは分かるんだけども。

SwitchのゲームはSwitchがなければ一切遊ぶことはできないし、ゼルダやイカはソフトを買わなければ一切遊ぶことはできない。
ここでSwitchやゼルダを買うのは、0を1にする買い物なので、欲しいと思ったら躊躇はない。

一方で無課金でも遊べるゲームにお金をつぎ込むのは、1を10や100にする買い物。
こういう買い物全般に対して、僕はお金を出し渋る傾向にあるらしい。
遊びを便利にするDLCやプロコンに対して、値段相応の価値を感じていたとしても、最初にソフトを買う時よりは心理的ハードルが高くなってくる。なくても遊べるから、と。
これはゲームに限った話ではなく、日用品や家電にも同じことが言える。

それにしても。基本的に財布の紐は固い方だと自覚していたが、それは「1を10にする買い物」に限った話なのかもしれない。
この先もガチャやギャンブルに入れ込んで破産することはないと思うが、「0を1にする買い物」においては、即決して失敗することも少なくない。反省。

文章の賞味期限

再び楽団に身を置いた話

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